平成14度重要判例解説 国際私法判例の動き

東京大学 道垣内正人

 本年度は,輸入された盗難車の所有権の準拠法,米国特許権侵害による差止め・損害賠償等の準拠法,日本人父から認知された子の国籍について,それぞれ興味深い最高裁の判断が示された。また,最近の特徴として,知的財産権の国際的局面についての裁判例が増加しているように思われる。

不統一法国

 東京家審平成13・9・17(家月54巻3号91頁)は,亡インド人の遺産についての遺言執行者選任申立事件であり,インドは人的不統一法国であり,遺言者はゾロアスター教徒であるが,相続につき同教徒に関する特別法は存在しないので,インド相続法が適用されるところ,インドの国際私法では,不動産については不動産の所在地法,動産については被相続人死亡時の住所地法が適用されるので,反致が成立し日本法によると判断している。神戸家審平成6・7・27(家月47巻5号60頁)等にも見られる判断順序であるが,人的不統一の問題は当該国の実質法上の問題に過ぎないとの立場からは,先に反致を検討すべきであり,そうすれば人的不統一の問題は不必要であったはずである。

法人

 東京高判平成14・1・30(判時1797号27頁)(一審の東京地判平成13・6・20は同号36頁)(国際私法1)は,旧山一証券の子会社の法人格を否認した事例である。一審は,法人格否認の法理に基づく被告に対する債務不履行責任の追及は,子会社の法人としての設立手続等を問題とするものではなく,契約上の実質的な当事者は被告であるとの理由から被告も責任を負うべきであると主張するものであるから,契約準拠法である日本法によるのが合理的であり,また,このように解しても何ら国際的な礼譲に反するものではない,と判示し,二審も,新たな理由付けをすることなく,この判断を踏襲している。ドイツでも,過少資本等により株主等が会社債権者全体に対して有限責任を主張できないという類型であれば,子会社の従属法によるが,本件のように取引における外観信頼保護等を理由とする類型では,効果法によるとの学説が有力であり(もう一類型あり)(江頭憲治郎「法人格否認の法理の準拠法」『企業結合法の現代的課題と展開』8頁(2002)),今後の議論の深化が期待される(神前禎・ジュリ1233号138頁参照)。

不法行為

 戦後補償関係では,東京地判平成14・8・27(判例速報平成14年6号4頁) は731部隊による行為の被害者(中国人)からの日本国に対する訴えであり,国の公権力行使による損害の賠償の問題は法例が対象とする渉外的私法関係に当たらずその適用はないとし,東京地判平成14・10・15(法律新聞1518号5頁)も,元従軍慰安婦(台湾人)からの日本国に対する訴えについて,準拠法に触れることなく,国家賠償法6条により国家無答責の法理を適用し,ともに請求を棄却している。その他,東京高判平成14・1・15(法律新聞1484号8頁),東京高判平成14・3・27(判時1802号76頁),福岡高判平成14・4・26(判タ1098号267頁)(3件)でも国に対する請求は棄却されているが,最後の事件では,強制労働をさせたとされる会社に対する請求は一部認容されている。

 その他,準拠法について格別の判断はないが,東京地判平成13・11・12(判タ1087号109頁)は永住資格のないアメリカ人からの住宅ローンの申し込みを拒否したことは不法行為に当たらないとした事例,東京地判平成14・11・11(平成13年(ワ)206号,未登載)はドイツ人等の入浴を拒否した公衆浴場に対し不法行為責任を認めた事例である。

物権

 最判平成14・10・29(民集56巻8号1964頁)(国際私法2)は,外国で盗難され,外見上登録がない状態で日本に輸入された自動車の所有権取得につき,運行の用に供し得る状態で取引の対象とされている場合とそうでない場合とに分け,前者の場合には「利用の本拠地法」(=登録地法)によるべきであるが,後者の場合には,国際私法上の取引の安全の観点から,一般の動産と同様に,当該自動車が他国の仕向地への輸送の途中であり物理的な所在地法を準拠法とすることに支障があるなどの事情がない限り,物理的な所在地法を準拠法とすることが妥当であるとし,登録地法であるドイツ法を適用してドイツの保険会社の所有権を認めた原判決を覆して,日本法により被告の即時取得を認めた。この判断の射程がどこまで及ぶのか,その場合の基準はどうなるのか等の問題が残されてはいるが,この事件の処理としては妥当な判断であろう。

知的財産権

 最判平成14・9・26(民集56巻7号1551頁)(国際私法3)は,米国特許権侵害を理由として日本での製造の差止め・出荷前の製品の破棄・損害賠償を求めた事案である。最高裁は,差止め・廃棄請求の準拠法は条理により当該特許権登録国法であり,損害賠償請求の準拠法は法例11条により定めるとし,前者については米国法によるが,米国特許法の適用を認めることは属地主義の原則に反するので公序に反するとし,後者についても準拠法は米国法となるが,法例11条2項により適用される日本法によれば,域外適用の定めのない日本法上は域外での行為は不法とはされないので,結局,請求は認められないと判示した。一審以来さまざまな議論がある中での判断であり注目をされたが,国際私法理論からみると問題が多いように思われる。

 最近,産業界の関心の高い職務発明について,東京地判平成14・11・29(最高裁HP)は,外国で特許を受ける権利についても特許法35条に基づく補償金請求がされた事件において,特許法の属地主義から,同条はわが国の特許を受ける権利についてのみ適用されるとし,この点の請求を棄却している。

 その他,大阪地判平成12・10・24(判タ1081号241頁)及び大阪地判平成12・12・21(判タ1104号270頁)は,日本からの輸出行為等は特許法101条2号の間接侵害を構成しない旨判示している。

 他方,著作権については,東京高判平成13・5・30(判時1797号111頁)は,キューピーの著作権の譲渡について,譲渡の原因関係である債権行為と,目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し,前者の譲渡契約の準拠法はミズーリ州法人の遺産財団が日本国民に対して日本において効力を有する本件著作権を譲渡するものであるから,日本法を準拠法とする黙示の合意が成立したものと推認され(日本法上,契約は有効),他方,後者については,第三者に対する排他的効力を有するから,物権について所在地法が適用されるのと同様,保護国の法令である日本法が準拠法となるものと解するのが相当である(日本法上,契約の締結により直ちに移転),と判示した。その他,同一日付の東京高裁判決が複数ある(判時1797号131頁:3件,判タ1106号210頁:4件)。

 東京高判平成14・3・29(未搭載)は,シンガポールのライセンシーが製造地に関する約定に違反して製造・拡布した商品の並行輸入につき,「当該商標が外国の許諾権者等により適法に付されたものであること」という要件を欠くことを理由に,これを違法とし,輸入差止め等の請求を認めた事例である。これに対し,東京地判平成11・1・28(判時1670号75頁),東京高判平成12・4・19(未搭載)等は,同じ問題につき,ライセンス契約が解除されない限り,商標の出所表示機能が害されるわけではないとして,反対の判断をしている。最高裁による判例の統一が求められるところである。

 その他,東京高判平成14・7・31(判時1802号139頁)は,「ダリ/DARI」という商標が画家のダリを想起させるので,遺族の承諾を得ていないことは国際信義に反するとし,商標法4条1項7号該当性を否定した審決を取り消した事例,東京地判平成14・10・15(法律新聞1518号5頁)は,バドワイザーを製造するアメリカ会社が,チェコ製造者と日本の輸入会社とを被告として商標権侵害を理由とする輸入差止等を請求した事例(一部認容)である。

国籍・戸籍

 最判平成14・11・22(判時1808号55頁,判タ1111号127頁,国際私法4)は,婚姻関係のない日本人父とフィリピン人母との間に生まれた子につき,出生の約2年9箇月後に父が認知した事例において,国籍を付与しなかったことに違法はないとした原判決を容認したものである。最高裁は,一般論として,国籍法2条1号の血統主義は,単なる生物学的出自を示す血統を絶対視するものではなく,子の出生時に日本人の父又は母と法律上の親子関係があることをもってわが国との密接な関係があるとして国籍を付与しようとするものであり,生来的な国籍取得はできる限りこの出生時に確定的に決定されることが望ましく,出生後の認知により出生時に遡って法律上の父子関係があったとの扱いをせず,生来的な国籍付与はしないとすることは合理的な根拠があるので,胎児認知された非嫡出子との間で憲法14条に反する差別があるとはいえないと判示している。なお,多数意見は,嫡出子と非嫡出子との間で国籍の伝来的な取得の取扱いに差異を設ける国籍法3条が憲法14条に違反するとの主張は,仮に違憲だとしても本件の請求を基礎づけることにはならないとして,この点について憲法判断を示さなかったが,補足意見では,3名の裁判官が,国籍法3条が認知に加えて「父母の婚姻」を国籍の伝来的取得の要件としていることに合理性はないとの意見を表明している。

裁判権

 最判平成14・4・12(民集56巻4号729頁)(国際法1)は横田基地夜間発着差止等の請求つき,米国の裁判権免除を認めたものである。もっとも,傍論ながら,「国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで民事裁判権を免除するのは相当でないとの考えが台頭し,免除の範囲を制限しようとする諸外国の国家実行が積み重ねられてきている」が,「外国国家の主権的行為については,民事裁判権が免除される旨の国際慣習法の存在を引き続き肯認することができるというべきである」と判示し,絶対免除主義(大決昭3・12・28民集7巻1128号)の変更を示唆している点が注目される。

 これを受けてか,横浜地判平成14・8・29(法律新聞1513号7頁)は,在日米軍施設用地明渡請求事件において,主権免除により訴えを却下しているが,制限免除主義の立場から本件が「私法的商業的な性質を持つ『業務管理的行為』」には該当しないことを理由としている。

 なお,上記最高裁判決より前,東京高判平成14・3・29(未搭載)は,デフォルトになったナウル金融公社債について保証をしたナウル共和国の責任について,制限免除主義の採用を明示してこれを肯定した東京地判平成12・11・30(判時1740号54頁)を覆し,厳格な絶対免除の立場から主権免除を認めていた(公法人に過ぎないナウル金融公社ついては主権免除を否定)。

裁判管轄権

 東京地判平成14・11・18(判時1812号139頁,判タ1115号277頁,国際私法5)は,米国著作権侵害を理由として,カリフォルニア州法人(被告)の米国内での行為の差止め及び損害賠償を請求する訴えを却下した事例である。その理由として,日本は不法行為地ではなく,損害賠償金支払義務の履行地が原告の住所地である日本であるとしても,被告の予測可能性,被告の経済活動の本拠地等を考慮すると,義務履行地に基づいて日本の管轄を肯定することは当事者の衡平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があるとしている。なお,被告は先にカリフォルニアで原告に対して本件著作権の確認等を求める訴えを提起したが,これは不便宜法廷地であるとして訴え却下した判決が確定しているが,これは被告が別訴についてカリフォルニアで審理判断を受けられなかったに過ぎず,また,カリフォルニアの裁判所が別訴について日本がより便宜な法廷地であると判断したに過ぎないから,これらの理由により日本の国際裁判管轄が生ずるわけではないと判示している。 東京地判平成12・7・25(判タ1094号284頁)は日本法人からスイス法人対する不当利得返還請求訴訟の国際裁判管轄を否定した事例である。

(どうがうち・まさと)