平成12年度重要判例解説

国際私法の判例の動き(道垣内正人)

 本年度は、国際私法総論に関する重要な裁判例はないが、物権、主権免除等についてはいくつか興味深い裁判例が見られる。

統一法と国際私法

東京地判平成11・10・13(判時1719号94頁、山崎悠基・判評507号178頁)は、旧ワルソー条約の適用について、実行運送人であっても、契約運送人との契約と実質的に同一の内容の契約が接着して締結されており、当事者間においては同条約1条3項前段において想定されているのと同様に利用運送契約と実行運送契約とを単一のものとして取り扱う意思があったものと評し得るという特段の事情があるので、責任制限を享受することができるとした事例であるが、統一法と国際私法との関係について次のような判断を示している。すなわち、まず準拠法を定め、その準拠法所属国が条約締約国であるときにはその国における条約解釈に従うべきだとの被告の主張を退け、前文・21条・25条1項・32条本文を引用し、同条約の趣旨、全体的な規定内容等に照らせば同条約は直接適用され、アメリカにおける解釈は参考にはなりうるとしても、準拠法として適用されるわけではないと判示している。

反致

東京家審平成11・10・15(家月52巻3号60頁)は、日本に住所を有していたニュージーランド人の「日本国内の不動産及び銀行債務」の相続について、同国国際私法によれば不動産については所在地法、その他の財産については被相続人の住所地法によるので反致が成立するとし、日本法によって限定承認の申述を受理した事例である。

外国法の適用・公序

東京高判平成12・7・12(判時1729号45頁)は、離婚の際の財産分与を認めない中華民国法(このこと自体は当事者の一方がそう主張し、他方もこれを自認しているという形で認定している)の適用を旧法例30条により排除している。

契約

 東京地判平成11・1・29(未登載)は、アイスランド法人から日本法人に対するソフトウェアのソースコードの開示についての対価を支払わないことを理由とする損害賠償請求に関し、日本での交渉の末、離日前日、ホテルの用紙に手書きをした覚書であっても、覚書作成に至る経緯、作成の状況、作成後の両当事者間の交渉状況及び双方の認識等に照らせば、契約は成立したと判断した。その際、「一般に契約は当事者の意思の合致があれば成立するものであり、その合致について特別の様式を必要とするものでないことはいうまでもないから」と判示しているが、準拠法についての判断はなく、比較法的には「一般に」はそうは言えない以上、問題である。この控訴審判決である東京高判平成12・2・21(未搭載)も、準拠法に触れることなく、拘束力ある契約をするとの意思なしとして原判決を破棄し、請求を棄却している。また、東京地判平成12・1・28(判時1716号89頁、判タ1034号160頁)は、アメリカにおける語学研修中にベッドから転落して負傷した者からの請求により研修主宰者の責任が肯定された事例である。

国際海上物品運送法の適用事例として、東京高判平成12・9・14(判時1737号133頁)、東京地判平成12・10・12(判タ1051号306頁)がある。

不法行為

大阪高判平成10・1・20(判タ1019号177頁)は、カリフォルニアでの自損事故につき、日本人同乗者から日本人運転者に対する損害賠償をカリフォルニア州法に基づき肯定した事例である。遅延利息について、「同州の法によると陪審の評決の時点から利息を請求できるが、慰謝料につき陪審評決前の利息は請求できないとされている(略)。日本で裁判されるときは、事実審の判決時、つまり本判決時から年7パーセントの利息を請求できると解する」と判断しているが、その根拠は明らかではない。

戦後補償に係るものとして、東京地判平成10・7・16(判タ1046号270頁)は、昭和15年に満州国で日本兵に夫を殺害されたとする妻からの日本国に対する損害賠償請求について、法例11条3項により累積適用される日本民法724条により除斥期間の経過による請求権の消滅を理由にこれを退けた事例、東京高判平成11・8・30(判時1704号54頁)は、日本国の関与のもとに行われた韓国併合等に関し、日本国に損害賠償等の責任があることの確認等を求める請求を退けた事例、福岡高判平成11・10・1(判タ1019号155頁)は国民徴用令に基づき朝鮮半島から連行され民間企業で就労させられた韓国人からの企業及び日本国に対する損害賠償等の請求を退けた事例、神戸地判平成12・11・27(法律新聞1435号6頁)は、満州国の郵便貯金の払戻しを拒否したことによる国家賠償請求を退けた事例、東京高判平成12・12・6(法律新聞1436号11頁)は、元従軍慰安婦からの国家賠償請求事件を国家無答責により、また仮に請求権が認められるとしても時効消滅により退けた事例である。

その他、日本法が準拠法となることを当然の前提としたものとして、来店したブラジル人に対して「外国人入店お断り」という張り紙を示し、警察官を呼ぶなどして追い出そうとした店主の不法行為責任を肯定した静岡地浜松支判平成11・10・12(判時1718号92頁、判タ1045号216頁)、約2年数ヶ月の日本滞在中に労災を被り帰国した中国人研修生からの損害賠償請求につき、逸失利益を中国で得られる年収を基礎とし、慰謝料も中国の物価水準等をも考慮して算定した名古屋高金沢支判平成11・11・15(判時1709号57頁)(一審の富山地判平成10・7・14も同61頁に掲載)、日本での強姦及びセクシャル・ハラスメントを理由として、外国銀行東京支店長とその銀行の賠償責任を肯定した東京地判平成11・10・27(判時1706号146頁、判タ1032号172頁)、ロシア法人を原告とする損害賠償請求訴訟(本訴)と、被告の日本法人からの不当訴訟を理由とする反訴につき、本訴を退け、反訴を一部認容した東京高判平成12・2・15(金商1102号18頁)等がある。

物権

東京高判平成1223(判時170943頁・金商109046頁、国際私法1)(横溝大・判評50256)は、ドイツで登録されイタリアで盗まれ、日本に持ち込まれた自動車の所有権を保険代位により取得したとするドイツの保険会社から日本人占有者に対する当該自動車引渡等請求事件である。裁判所は、自動車は移動を予定した動産であるので、本来の使用本拠地である復帰地(登録地)への復帰が事実上消滅していない限り、その物権関係は登録地法によるとし、本件では復帰の可能性が消滅していないので、イタリアにおいて所有権移転があったか否かについてはドイツ法によるとし、請求を認容した。しかし、自動車の登録制度は国境を越えてまで有効に機能するとは言えず、むしろ、現在の所在地法によりその物権関係は処理すべきではなかろうか。なお、所在地法である日本法上善意取得したことを認め、請求を棄却していた一審の浦和地判平成11222も判時170949頁に掲載されている。

山形地酒田支判平成111111(金商1106号47頁、国際私法2)は、ベルギーの証券決済システム運営会社との間でそのシステムに参加する契約を締結して外国証券取引を行っていた日本の証券会社に対して、そのシステムを用いた取引により多額の損失を被った当該証券会社の顧客(日本在住の日本人)が、そもそも売買契約の目的物が不存在であるので契約は無効である等主張して提起した預託金返還請求事件である。顧客は、保有する証券を証券会社を通じてベルギー法に基づいてシステム運営者に寄託し、ベルギーにおいて寄託されている同一銘柄の証券全体に対して保有数量に応じた権利を有するものとされ(同種同量の証券の返還を受ける権利を有する)、参加者間の権利移転等の決済は参加者の口座間の振替によって行うこととされていた。裁判所は、売買契約の準拠法も、不当利得返還請求の準拠法もともに日本法であるとした上で、本件取引は、混蔵寄託されている証券について占有改定による共有持分の移転が行われているので、目的物不存在とのXの主張は失当と判断している。しかし、この物権法的処理の準拠法には触れていない。このような証券決済システム上の取引についての物権問題の準拠法についてはハーグ国際私法会議で現在議論が行われているところであるが、法例のもとにおいてどのように処理されるのかを詰めておく必要があろう。

知的財産権

東京地判平成10・11・20(知的裁集30巻4号841頁)は、スイス在住のフランス人振付師から日本法人に対して提起された、日本でのバレエ作品の上演が上映権侵害・著作者人格権侵害に当たることを理由とする損害賠償等請求訴訟である。また、東京地判平成12・9・29(判タ1045号276頁、判時1733号108頁)は、アメリカで期間満了により消滅した著作権について、日米著作権条約等を前提として、日本法上は保護期間内にあるとした事例である。

なお、著作権侵害事件の国際裁判管轄について、「国際裁判管轄」の項参照。

婚姻・離婚

「外国法の適用・公序」及び「国際裁判管轄」の項参照。

親子関係

浦和家審平成121020(家月53393)は、ドイツ在住の母と日本在住の16歳との面接交渉につき、日本在住の父に対して、「事件本人の福祉に反しない限り」、直接又は電話等による間接の交渉を妨げてはならないこと、それに必要な援助をしなければならないこと、成人に達するまで写真や成績を送付すること等を命じた事例であるが、準拠法についての判断はない。

国籍・戸籍

大阪地判平成11・2・24(判タ1019号134頁)は、昭和25年12月6日通達発出前に朝鮮人父から認知を受けた内地人母の非嫡出子は平和条約発効により日本国籍を失うとした事例である。

裁判権

主権免除について、東京地判平成121130(判時1740号54頁、国際私法3)は、大決昭和3・12・28(民集7巻12号1128頁)を過去の絶対免除主義の時代のものであると位置づけ、現在の国際慣習法を検討して、制限免除主義を正面から採用し、また、主権免除の放棄の合意を有効と認めて、ナウル共和国金融公社及びナウル共和国に円建債の償還等を命じた事例である。

国際裁判管轄権

東京高判平成12・3・16(未登載)は、平成11年度重判解・国際私法6の控訴審判決である(解説中言及あり)。不法行為地管轄を認めるのは、管轄の決定に必要な範囲で一応の証拠調べをし、不法行為の存在が一定以上の確度をもって認められる必要があるとし、本件では、不法行為を認定することはできず、したがって不法行為の存在を前提とする管轄を肯定することはできないこと、日本における著作権の所在地が日本であることは権利の性質上明らかであり、日本における著作権を被控訴人が有しないことの確認を求める訴えについては財産所在地管轄を肯定できるが、被控訴人との間では日本における著作権について確認の利益を欠くので、訴え却下は免れないこと、そして、却下を免れない請求について管轄があること基づいて他の請求につき併合請求による管轄を認めることはできないこと、仮に何らかの管轄原因が認められるとしても、被控訴人は権利保護の法的手段が保証され、現にタイで訴訟をしているのであるから、日本に事務所等がなく、営業活動もしていない被控訴人に日本での応訴の負担を負わせることは過大な負担というべきであり、管轄を否定すべき特段の事情があること、以上を判示している。

東京地判平成12・4・28(未登載)とその控訴審判決である東京高判平成121128(未登載、国際私法4)は、アメリカの航空会社の客室乗務員として試用期間中に退職届の作成を強要させられて退職させられたと主張する日本在住の日本人からの地位確認・賃金支払請求事件であり、イリノイ州の裁判所を指定した雇用契約中の専属管轄合意条項を有効と認め、訴えを却下している。

 東京地判平成10・11・27(判タ1037号235頁)は、アメリカで同国在住の日本人に訴えられた日本人が日本で提起した債務不存在確認請求事件であり、一部につき管轄肯定の中間判決をし、残りの請求については訴えを却下している。

家族関係事件として、東京地判平成11・11・4(判タ1023号267頁)は日本在住日本人からアメリカ在住日本人に対する離婚等請求訴訟につき、当事者の公平、裁判の適正・迅速という理念により条理に従って管轄を判断するとし、被告が日本人であり日本では実母宅に滞在できること、準拠法が日本法となること、日本に居住している子の親権者指定が実質的争点となること等から、ニュージャージー州での先行する競合訴訟において一審判決が下されている(未確定)にも拘わらず、日本の国際裁判管轄を肯定している(離婚請求を認容し、原告を子の親権者に指定)。また、名古屋地判平成11・11・24(判時1728号58頁)は、日本居住の日本人から米国居住の米国人に対する離婚請求訴訟につき、人訴法1条1項を参照して、原告の住所地でありかつ婚姻共同生活地であった日本には特段の事情のない限り管轄があるとして管轄を肯定し、他方、親権者指定の申立てについては離婚事件の管轄のある国と子の住所地国の双方に管轄を認めるとしている。そして、オレゴン州の離婚及び親権者指定判決について、離婚の部分は管轄がないのでその承認を否定し、親権者指定の部分は承認して、日本での親権者指定の申立ては却下している(離婚請求は認容)。

国際的訴訟競合

東京地判平成11・1・28(判タ1046号273頁)は国際二重起訴を理由として訴えを却下した事例であるが、理由付けを示してはいない。

外国判決の承認・執行

水戸地竜ヶ崎支判平成11・10・29(判タ1034号270頁)はアメリカ・ハワイ地区連邦地裁のした懈怠判決の執行を認めた事例、横浜地判平成11330(判時1696号120頁、国際私法5)は韓国離婚判決を承認した事例である。

仲裁

横浜地判平成11・8・25(判時1707号146頁、判タ1053号266頁)はニューヨーク条約により中国の仲裁判断を執行した事例である。